1年生からkkコンビとして清原和博選手と甲子園を湧かせた高校野球のスーパースター元pl学園桑田真澄投手が戦後の甲子園通算勝利数1位の記録保持者であるとともに通算ホームランランキングも2位。野球センスの塊のような桑田投手の何が凄いのかをまとめました! 桑田 真澄(くわた ますみ)さんは大阪府八尾市出身の元プロ野球選手(投手)で、現在は野球解説者、野球評論家、野球指導者です。 PL学園高校時代は清原和博さんとのKKコンビで一世を風靡しました。 プロ入り後は1990年代の読売ジャイアンツを、斎藤雅樹さん、槙原寛己さんとともに先発3本柱の一人として支えました。 2020年第92回選抜高校野球の出場校が2020年1月24日(金)に発表され、日程も決まりました!今大会も一般枠29校(神宮枠含む)、21世紀枠3校の32校で紫紺の優勝旗をめぐって春の熱い戦いが甲子園 ... 高校野球秋季大会、大学野球の秋季リーグが終わるといよいよ年内最後の全国大会、明治神宮野球大会が開催されます。毎年11月に開催されるこの大会は大学の部、高校の部の二部構成で日程が組まれます。 この秋の神 ... 2019年も高校野球の秋季大会が各地区で開催され、地区大会の優勝校や上位校が決まりました。来春の2020年第92回選抜高校野球大会への選考基準に大きくかかわる秋季大会も終わり、神宮野球大会も愛知の中京 ... 2020年第92回春の選抜高校野球大会に大分県の大分商業が選抜されました。同校は昨秋の九州大会で準優勝、選抜出場を当確としましたが、その立役者川瀬堅斗投手は最速147㎞を誇る右腕です。 選抜大会は中止 ... 高校野球を甲子園で観戦する際に必ず目にする光景の一つに「グラウンド整備」があります。各試合前と5回裏終了後、また延長に突入する直前に行われます。 このグラウンド整備中に多くの観客の方が席を離れ、トイレ ... 高校野球の観戦をしてみたいが、どうすればよいかわからないという方は多いのではないでしょうか?プロ野球ならば球団やチケット販売のサイトでスケジュールとチケットの情報が確認できるので、ひとまずここで試合の ... 高校野球甲子園大会の長い歴史において甲子園の地元兵庫代表校の戦績を語らずにはいられません。報徳学園、育英、東洋大姫路などの強豪校をはじめ、近年では明石商業が優勝経験こそありませんが公立ながら甲子園でめ ... 長い高校野球の歴史において100回を超える夏の選手権大会、90回を超える春の選抜大会で甲子園に何年間も連続出場する高校があります。 夏の大会ならば何年間も都道府県予選を勝ち続けること、あるいは春の選抜 ... Copyright© 野球が100倍楽しくなるブログ , 2020 All Rights Reserved Powered by STINGER. ここからkkコンビの3年間にわたる甲子園での伝説が始まりました。清原選手の甲子園での成績を大会ごとに見ていきましょう。 関連記事:桑田真澄何がすごい?甲子園通算勝利数の投手記録とホームランランキング2位のセンス! 清原選手の甲子園通算成績 1回戦 ◯ 2×-1 磐城(延長11回) 2回戦 ◯ 2-0 銚子商 準々決勝◯ 7-0 大分商 準決勝 ◯16-5 高松商 決勝 ● 6-10 東海大相模 【主な選手】新美敏、新井鐘律(宏昌)、行沢久隆 準決勝・高松商戦の7回裏に1イニング全員得点で一挙12点。 copyright(c)TOKUMA [email protected] Rights Reserved. 高校野球甲子園大会の長い歴史において学制改革以後における投手通算勝利数20勝、通算本塁打数13本の記録はこの先もおそらく破られることのない記録でしょう。その記録保持者が1年生からKKコンビとして活躍した桑田真澄投手と清原和博選手。, 昭和58年から60年まで甲子園を湧かせた高校野球のスーパースター二人が残した記録は2位以下を断トツに引き離しています。しかしこの清原選手の通算本塁打数13本に次ぐ6本を記録しているのが桑田投手です(ほか2名)。, 投打でこのランキング上位に名前を連ねているのは桑田選手のみです。この野球センスの塊のような桑田投手の何がすごいのかをプロフィールとともにまとめてみました!, 桑田真澄選手は大阪府八尾市出身、小学生時はボーイズリーグの八尾フレンドに所属、中学生時には八尾市立大正中学校の準硬式野球部でプレーします。準硬式野球部では後に広島に入団する西山秀二捕手とバッテリーを組み、中学3年生時に出場した全ての大会を制覇します。, この時にPL学園を始め複数の高校から誘いを受けますが、中学野球部顧問からPL学園とは別の高校を勧められます。桑田選手がこの高校へ入学すれば中学の他のチームメイトも取ってくれるという話があったためです。, PL学園に入学することを目標として頑張ってきた桑田選手がこの勧めを拒否すると、この顧問からは「断るなら他の生徒と一緒に卒業させられない」として3年生の3学期に成法中学へ転校せざるを得なくなってしまいました。, この時に桑田選手が顧問の言うことに従っていたらPL学園のKKコンビは生まれていなかったし、甲子園での優勝もなしえなかったでしょう。同じように清原和博選手も進学先をPL学園か天理かで迷っており、天理に進んでいたら現在の高校野球の勢力図も全く違うものだったかもしれません。, この両選手がPL学園を選んだ時点で、高校野球界の歴史的転換を迎えることが必然だったと言えます。もっと言えば桑田選手が1日遅れて4月2日に生まれていたら清原選手の1学年後輩でKKコンビは生まれていなかったことになります。いろんな偶然が重なってKKコンビが誕生したといえます。, さて桑田選手の高校入学後は1年生から試合に登板するも結果が出せず、外野手転向を言い渡されます。しかしある時外野手として練習していたところ、たまたま通りかかった臨時コーチが桑田選手の外野からの返球を見て驚きます。, 当時PL学園の投手陣立て直しのために招聘されたこの臨時コーチは、高校野球の監督としても甲子園出場、社会人の都市対抗でも優勝経験のある清水一夫氏でした。清水氏はこの桑田選手の球の回転を見て即座に投手へ戻すことを進言します。, 投手への復帰後はこの清水コーチに鍛えられ6月にはレギュラー組に昇格、夏の大阪予選にはベンチ入りを果たします。1年生では桑田選手、清原選手、田口権一投手の3選手がベンチ入りしました。, 大阪予選の4回戦では清水コーチの進言もあり初先発し、見事初勝利を果たします。それ以降も決勝戦で登板し甲子園出場への原動力となりました。このようにして1年生の桑田投手は背番号11ながら実質のエースとして甲子園へ乗り込むことになります。, 関連記事:甲子園高校野球大阪代表過去の優勝回数と勝利数!大阪桐蔭、履正社、PL学園、浪商、つ、強すぎる!, 1年生桑田投手、清原選手のKKコンビがエースと4番を務めるPL学園は、前年、前々年の53回、54回選抜大会で連覇を果たしてはいるものの、この大会ではほとんど注目されていませんでした。, この大会は夏春連覇を達成した水野投手の池田高校、選抜準優勝三浦投手の横浜商、前年春夏ベスト4野中投手の中京(現中京大中京)が優勝候補、名将中村監督も「甲子園に出場できただけで上出来のチーム」「1回だけでもいいから校歌を歌って帰ろう」というほど、チームに対する期待度は決して高いものではありませんでした。, 関連記事:高校野球10人の名将!甲子園監督通算勝利数ランキングを2019年までまとめました!, しかし1年生エース桑田投手は1回戦を2失点完投、2回戦を完封でチームを勝利に導きます。準々決勝では津野投手擁する高知商に5失点するも、清原選手の活躍などによりチームは打ち勝ち、準決勝へコマを進めました。, そして高校野球の歴史的転換点となった池田高校との準決勝では見事完封勝利をおさめます。試合前の池田高校水野投手も1年生が投打の軸のチームに負けるわけがないと完全に見下していました。, 上級生も桑田投手には「大阪代表として2桁失点は恥や。10点以内に抑えろよ」と恥ずかしくない負け方だけを考えていたほど、チーム内にも試合前から勝つのは無理だという雰囲気が漂ってました。, ところが、いざ試合が始まると1年生桑田投手が強力な池田打線を完封、自身も池田投手からホームランを放って投打に活躍します。池田高校に完勝したことで1年生KKコンビは一躍脚光を浴びることとなります。池田高校の時代からKKコンビのPL学園の時代へと移り変わった瞬間でした。, 決勝戦は春夏連続の決勝進出となった好投手三浦投手の横浜商との対戦に桑田投手は先発、終盤は3年生エースナンバーの藤本投手にマウンドを託すも15歳にして夏の全国制覇の立役者となりました。, 1年生ながら甲子園で4勝をあげた桑田投手はこの大会の後、1年生で唯一全日本高校選抜メンバーに選ばれました。, 桑田投手が2年生となった翌春の選抜にもPL学園は出場します。1回戦は登板機会はなくチームは大勝、2回戦、3回戦は先発して勝利、準決勝の都城戦は土壇場の相手外野手の失策で11回裏にサヨナラ勝ち、救援で勝ち星をあげました。, 決勝は初出場東京の岩倉高校が相手、下馬評でもPL学園の夏春連覇は確実かと言われていましたが、まさかの完封負けを喫しました。桑田投手も1失点完投でしたが8回の裏に1点を失い甲子園初の黒星となりました。, この大会では、全試合に先発し準決勝まで5勝をあげます。チームは選抜に続いて決勝に進出、木内監督が率いる取手二高との対決は延長10回に桑田投手がつかまり4-8で敗戦、春夏準優勝に終わりました。, この決勝戦で敗戦した桑田投手は、取手二高ののびのび野球を目の当たりにして大会後に何と取手まで練習を見学しに行きます。この時にPL学園とは異なる練習環境、練習方法に触れて、その後の練習の参考にするなどチームが勝つことに対するどん欲な姿勢もありました。, 最終学年となったKKコンビは4季目の甲子園となる選抜大会に乗り込んできました。桑田投手はこの大会も全試合で先発登板、3勝をあげますが、準決勝で伊野商の渡辺智男投手(元西武)の前に完投するもまさかの敗戦を喫しました。, 3年生最後も大阪予選を勝ち抜いて見事5季連続の甲子園出場を果たします。この時は「絶対優勝」を合言葉に、選抜以降チームの結束は固くなります。KKコンビが1年生で優勝して以来、甲子園では優勝できずに最後まで来ました。, 初戦となる2回戦の東海大山形戦では毎回得点などの記録的勝利で自信も6回1失点、続く津久見戦では自身甲子園5回目となる完封勝利を飾ります。準々決勝ではプロ注目の四国の剛腕中山裕章投手と投げ合い貫録勝ちを見せると、決勝まで危なげなく勝ち進みました。, 決勝戦は宇部商にリードを許す苦しい展開でしたが、4番清原選手の2度の同点弾で追いつき9回裏にサヨナラ勝ちで優勝投手となりました。結局3年生最後の集大成となるこの大会で桑田投手は全試合に先発登板、全試合で勝ち星をあげ5勝を記録、優勝というかたちで締めくくりました。, 5回の甲子園出場で26試合をチームは戦いましたが、登板がなかったのは2年春の1回戦のみの25試合に登板、23試合に先発しています。通算勝敗は20勝3敗と戦後の学制改革以降の1位となる勝利数を挙げています。, なお歴代通算勝利数の1位は戦前の旧制中学時代に中京商(現中京大中京)の夏の3連覇(昭和6~8年)などを達成した吉田正男投手です。旧制中学時代は5年制だったため最大で10回の甲子園を含む全国大会(中等学校野球大会)に出場する機会があり、吉田投手も6回出場しています。, このため歴代勝利数で単純比較できない点もありますが、戦後における高等学校野球大会でこの20勝という数字は歴代1位に匹敵する数字と言えます。この後この20勝を達成する投手は現れることはないのではないでしょうか?, 最大5回の甲子園出場機会で20試合以上登板するとなると1年生から登板して毎大会上位進出することが条件となります。あるいは2年生の春から主戦投手として4季連続出場となれば、さらに甲子園で上位進出しなければ勝ち星を積み上げることはできません。, 関連記事:2020年センバツ高校野球から球数制限導入と飛ばないバットの検討へ!高校野球はどう変わる?, 学制改革以降の歴代通算勝利数でも2位は箕島の石井毅投手の14勝、3位は横浜商の三浦将明投手、荒木大輔投手の12勝です。石井投手は2年春から4季連続出場で3年生時に春夏連覇、三浦投手は2年春と3年春夏の3回出場で3年時に春夏準優勝、荒木投手は1年生からエースとして登板し5季連続出場で1年時に準優勝の実績があります。, 甲子園で10勝以上をあげるならば春夏連覇に匹敵する結果を残すことが最低条件となり、15勝以上となれば毎大会でコンスタントにベスト4~8以上まで勝ち進まないと到達できないでしょう。, 投手の球数制限の導入が影響する可能性も大いにありますので、この20勝という金字塔は不倒の大記録と言えます。. 有名人の“血糖値番付”を調べたら…. d.id=a,e=c.getElementsByTagName("body")[0],e.appendChild(d))}) (window,document,"script","//dn.msmstatic.com/site/cardlink/bundle.js","msmaflink"); 夏の甲子園・我が心の決勝戦(6)「最高の舞台で逃げる必要はない」清原に立ち向かった背番号11, アラフォー男性の健康トラブルが増えている!?“人生100年時代”を生き抜く3つのヒントとは?. b[a]=b[a]||function(){arguments.currentScript=c.currentScript msmaflink({"n":"熱闘甲子園 最強伝説スペシャルセレクション -熱闘甲子園が描いた”あの夏”の記憶- [DVD]","b":"","t":"","d":"https:\/\/thumbnail.image.rakuten.co.jp","c_p":"","p":["\/@0_mall\/mifsoft\/cabinet\/683\/pcbe-53824.jpg"],"u":{"u":"https:\/\/item.rakuten.co.jp\/mifsoft\/pcbe-53824\/","t":"rakuten","r_v":""},"aid":{"amazon":"1760429","rakuten":"1760420","yahoo":"1760423"},"eid":"zBJia","s":"s"}); 甲子園の通算本塁打ランキングでは清原選手が断トツの1位ですが、桑田投手は歴代2位の6本を放っています。通算本塁打ランキングを見てみましょう。, 以上のように桑田選手の本塁打数は、ともに強打者としてドラフト1位でプロに進んだ元木大介、中村奨成の両選手と並んでの2位です。1年生時点では、チームメイトの清原選手より1本多い2本塁打を記録しています。, この1年生時の本塁打にはあの池田高校の3年生水野投手から放ったホームランもあり、水野投手が甲子園で初めて打たれたホームランでした。2年生の夏の大会で放ったホームランは、準決勝で秋田の金足農業に1点リードを許していた8回裏に飛び出た値千金の逆転の一打です。, 打者としてのセンスにも優れていた桑田選手は、清原選手にも配球のアドバイスをするほどで、この金足農戦の一打も配球を読んで相手投手のカーブを狙い打ってのものでした。, プロ入り後は投手に専念しましたが、時代が時代なら二刀流として活躍していた可能性も大いにありうる打撃力だったと言えます。, 高校野球甲子園大会の長い歴史において学制改革以後における投手通算勝利数20勝の記録を保持する元PL学園の桑田真澄投手のプロフィール、甲子園での投手成績についてみてきました。, 野球センスの塊のような桑田投手の何がすごいのかをまとめてみましたが、投手の通算勝利数は今後破られることはないのではないかと思います。さらにホームランランキングの2位についても、飛ばないバットが導入されるようになればなかなか更新されないかもしれません。, 1年生KKコンビのような強力な投打の主力を擁するチームが今後現れるのか期待したいところですが、それでもこの両選手の記録を追い抜くのは厳しそうですね。. ||c.scripts[c.scripts.length-2];(b[a].q=b[a].q||[]).push(arguments)}; c.getElementById(a)||(d=c.createElement(f),d.src=g, KKコンビのPLは優勝は二度だが、全ての大会でベスト4以上。 もはやマンガ的な強さである。 個人成績も見てみよう。 桑田は甲子園通算20勝3敗で、明訓の里中智は20勝1敗。 清原は甲子園通算本塁打13本で、山田は20本。 KKコンビは、PL学園高等学校に1983年4月から1986年3月まで在籍し春・夏の甲子園で主力として活躍した桑田真澄(くわた ますみ)・清原和博(きよはら かずひろ)の2人を指す通称。由来は2人の名前の頭文字をとったもの。, PL学園高等学校で甲子園に1年生の夏(1983年)から3年生の夏(1985年)まで5季連続で出場し、それぞれ1年生の時から桑田はエース、清原は4番打者として活躍し、甲子園に伝説と記録を残した。なお、学校では同じクラスで席も隣だった年もある。, やまびこ打線の池田高校(1982年夏・1983年春)、松坂大輔を擁した横浜高校(1998年春・夏)、北海道勢初の甲子園制覇、さらには田中将大を擁しての夏の甲子園連覇(2004年夏・2005年夏)をした駒大苫小牧を含め、春夏連覇や夏春連覇を達成したチームは多数あるが、5季連続でここまでの成績を残したチームは学制改革後KKコンビ時のPL学園だけである。, 高校最後の公式戦となった1985年10月の鳥取国体(倉吉)でPL学園はベスト4に終わり、2人のコンビは一旦消滅した。, KK3年生時の1年生は、片岡篤史・立浪和義・橋本清・野村弘樹・桑田泉(真澄の弟)など錚々たるメンバーを揃え、彼らが3年生となった1987年にはKKコンビが成しえなかった春夏連覇を果たした(この時、2年には宮本慎也もいた)。彼らもプロ野球を代表する選手となり、泉もプロゴルファーとして活躍している。, 1年生夏の準決勝、池田との試合に勝利した事などで、桑田・清原は全国の高校野球ファンから一気に注目されることとなった[8]。, 主催の朝日新聞社によれば、前年夏からの3季連続優勝を目指す池田を筆頭に、箕島、横浜商、 (function(b,c,f,g,a,d,e){b.MoshimoAffiliateObject=a; ファンの間でしばしば論争になる永遠のテーマである。そしてこの論争の答えとして1、2を争う位置で必ず名前が挙がるのが桑田真澄&清原和博(ともに元・読売など)の“KKコンビ”が甲子園を席巻した時のPL学園(大阪)である。だが、このKKコンビ時代のPL学園は一度も春の選抜で優勝することが出来なかった。, 1年生時の夏の甲子園で全国制覇を果たしたKKコンビが初めて春の選抜に乗り込んできたのが1984年第56回大会だった。もちろん優勝候補の最右翼。だが、そんな大会で“打倒・PL”を果たしたのがこの大会で春夏通じて甲子園初出場を果たした岩倉(東京)だった。前年秋の明治神宮大会を制しているだけに有力校の一つには数えられていたが、PLを倒すだけの戦力があるかと問われれば、その実力は未知数。ただ、エース・山口重幸(元・阪神など)を中心とした新チームが結成されて以来、公式戦では負け知らずで不気味な存在ではあった。, 岩倉は初戦で近大福山(広島)と対戦、トップ打者である宮間豊智の活躍もあり、これを4‐2で退けると、続く金足農(秋田)戦は点の取り合いのすえ6‐4で振り切った。この試合、岩倉は守備陣が4失策を犯したばかりでなくエース・山口も乱調。それを5番打者の内田正行が救った。3ランホームランを放っただけでなく山口をリリーフして相手の反撃を絶ったのである。, 準々決勝の相手は取手二(茨城)。この夏に全国制覇を果たすことになる強敵だった。案の定、試合は接戦となったが、岩倉は2‐3と1点を追う8回表に5番・内田と6番・岩佐智の連続タイムリーで逆転に成功。そのまま4‐3で逃げ切った。準決勝の大船渡(岩手)戦は1‐1で迎えた9回裏に2番・菅沢剛が左翼ポール際へサヨナラ本塁打。毎試合のようにヒーローが代わる文字通りの全員野球でPLの待つ決勝戦へと進出したのである。, 迎えた決勝戦の前評判は圧倒的にPL有利。当然、大量得点差で勝利するものと思われていたが、試合は意外な展開に。PLのエース・桑田のピッチングは快調であった。速球はもちろん独特の大きなカーブが冴え、7回を終わって岩倉打線は13三振を奪われた。だが、岩倉の山口も踏ん張る。パームボールを中心とした変化球を低めに集め、PLの攻撃陣を手玉に取る。8回表を終わって打たれたヒットはわずか1本という快投だった。, そしてこの山口の好投に打撃陣がようやく応えた。8回裏、2アウトながら一、二塁のチャンスをつかむと前日にサヨナラ本塁打を放った2番・菅沢がライト前へヒット。待望の1点が岩倉に入ったのである。9回表のPLの攻撃は1番からの好打順であったが、この1点を山口が守りきり、1‐0で勝利。岩倉が大金星を挙げると同時に、1981年の春の選抜から続けてきたPLの甲子園での連勝記録を20で止めたのだった。, 「思うように外出できないし、友だちともなかなか会えない」「四六時中、家族と接していて息が詰まる」「在宅勤務だと仕事に集中できない」「残業がなく収入減で将来が不安」──会議に限らず、飲み会やデート、婚活まで、オンラインによるライフスタイルがニ…, ここ数年、急増している麻雀番組。昨今、超人気アイドルグループをはじめ、グラドル界からも麻雀にハマるメンバーが続々登場。彼女たちの間では「グラドル雀士枠」の争奪戦も展開されているとか。もはや可愛いさだけではなくプロとも渡り合えるガチな雀力が求…, “貧乏暇なし”とはよくいったもので、来る日も来る日も働きづめでストレスはたまる一方だ。暴飲暴食で食生活は乱れ、疲れがなかなかとれないばかりか、眠りは浅く熟睡もできない。こんな毎日だから朝から体がダルいし、集中力や判断力が鈍って仕事ではミスば…, 田代まさしは670mg/DLで収監ストップ!? 1年生時の夏の甲子園で全国制覇を果たしたkkコンビが初めて春の選抜に乗り込んできたのが1984年第56回大会だった。 もちろん優勝候補の最右翼。 中京、高知商、興南、広島商らが大会7強として優勝候補とされた。一方、PLは清原が「同校史上初めての1年生の四番打者」として注目をされる程度で、7強を追う二番手グループの中にも挙げられていなかった[9]。, 池田は7強の一角である広島商を三回戦で、事実上の決勝戦と言われた[10]中京を準々決勝で退けるなどして順当に勝ち上がってきた。一方、同じく準々決勝で7強のひとつに名前を挙げられていた高知商に1点差で勝つなど、勝ち上がってきたPLも、池田絶対有利の評価は変わらなかったが[11]、池田ナインの慢心や水野が広島商で受けた死球の影響などもあり[12]。大方の予想を覆し試合は7対0でPLの圧勝となった。桑田は強打の池田を完封したのみならず、それまで一度も甲子園で本塁打を打たれたことのない水野雄仁から本塁打を放った。, 【スポーツ異聞】桑田真澄の凄さをPL学園の恩師・中村順司氏が明かした…「高校1年であれほどの球を投げる投手は見たことがない」(3/3ページ), http://www.asahi.com/koshien/column/meisyoubu/meisyoubu_02.html, https://www2.myjcom.jp/npb/column/20170808.shtml#, http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/12/13/kiji/K20121213004764470.html, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=KKコンビ&oldid=79997897, 25登板 20勝(通算記録)3敗  投球回数197 2/3 自責点34 防御率1.55, 甲子園勝利回数は歴代2位。甲子園出場可能回数が6回から5回となった学制改革以降での勝利回数は1位, 引退後、桑田が解説者や大学院生として順調に仕事をこなしている一方で、清原は薬物使用疑惑が報道されたことも影響し、解説者としての仕事が激減した。また、私生活では離婚、奇行が目立つなど転落の一途を辿った。. Facebook で共有するにはクリックしてください (新しいウィンドウで開きます), 2020東京五輪野球メンバーとスタメン予想!日本戦の日程や大会方式、2021年延期でどうなる?, プロ野球12球団の収益や経営状態、黒字、赤字の球団は?決算公告から見るパリーグの好調さとは?, 高校野球10人の名将!甲子園監督通算勝利数ランキングを2019年までまとめました!, 2020選抜高校野球出場校、日程決定、展望など優勝候補、注目校を予想!新型コロナウィルスの影響は?, 夏の甲子園連続出場の最多回数の記録とランキング。聖光学院より連続回数が多い学校は?, 高校野球甲子園のジンクス!過去の大会中止、リベンジ優勝など愛知代表にまつわるジンクスとは?, 通算投手記録は25試合に登板、20勝3敗は史上2位の記録、学制改革以降の戦後では1位. kkコンビは、pl学園高等学校に1983年4月から1986年3月まで在籍し春・夏の甲子園で主力として活躍した桑田真澄(くわた ますみ)・清原和博(きよはら かずひろ)の2人を指す通称。 由来は2人の名前の頭文字をとったもの。 2人とも卒業後はプロ野球選手となった。